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東京地方裁判所 昭和41年(モ)6162号 判決 1968年8月01日

債権者 細野て

右代理人弁護士 小林宏也

右復代理人弁講士 永井津好

債務者 武居利行

右代理人弁護士 毛利秀行

同 河崎光成

主文

債権者と債務者間の、当庁昭和四〇年(ヨ)第四八七五号抵当権実行停止等仮処分事件について、当裁判所が同年六月二六日した仮処分決定を取消す。

債権者の本件仮処分の申請を却下する。

訴訟費用は債権者の負担とする。

この判決は第一項にかぎり仮りに執行することができる。

事実

(当事者双方の申立)

債権者代理人は「債権者と債務者間の東京地方裁判所昭和四〇年(ヨ)第四八七五号抵当権実行停止等仮処分事件について、当裁判所が同年六月二六日した仮処分決定を認可する。」との判決を求め、債務者代理人は主文第一、二項と同趣旨の判決を求めた。

(債権者の主張する申立の事由)

一、1. 別紙目録(一)記載の本件建物は債権者の夫であった亡細野東次郎が建築所有していた。

2. 同人は昭和三九年一月四日死亡し、妻である債権者、子である細野清、細野力、細野久枝、加藤和子、丸橋智美、須田優世において相続したが、同年六月二五日遺産分割協議の結果本件建物は債権者が単独で相続し取得することになった。

二、1. ところが右建物につき、所有者である債権者の意思にもとづかずして、申請外北山直一のため別紙目録(二)記載(1)の抵当権設定登記がなされたうえ、債務者のため同目録記載(2)の抵当権移転附記登記がなされた。

2. そして、債務者は細野清を相手方として、昭和四〇年五月初め東京地方裁判所に対し、本件建物の競売申立をし、同裁判所は、同庁同年(ケ)第四八二号により、同月一〇日競売開始決定をするにいたった。

3. しかしながら、債権者は、同目録(1)記載の抵当権設定登記および、その原因たる右1の抵当権設定の契約をしたことがなく、その設定契約および右の登記は無効であるから債務者が右抵当権の移転を受けたとしても、抵当権を取得するものではなく、債務者は債権者に対し右抵当権移転附記を抹消すべきである。

三、債権者は債務者に対し右抵当権移転登記の抹消の本案訴訟を準備中であるが、前記競売手続が進行されては債権者の権利を保全できないので、東京地方裁判所に対し「債務者は、別紙目録記載の不動産について設定した別紙目録(二)記載の抵当権の実行並びに譲渡その他一切の処分をしてはならない。債務者より申請外細野清に対する別紙目録(一)記載の不動産につき東京地方裁判所昭和四〇年(ケ)第四八二号不動産競売手続は停止する。」旨の仮処分を申請し、同年六月二六日その旨の決定を得た。よって、右仮処分決定の認可を求める。

(債務者の主張に対する債権者の答弁)

一、1. 債務者主張の一の1の事実のうち、本件建物につき昭和三三年一二月二六日細野清の名で保存登記がなされたことは認めるが、その他の事実は否認する。

細野東次郎は当初細野清に、自己の製菓業をやらせたい考えで本件建物を建築したのであるが、清はその意思がなく自動車修理業を希望したので東次郎は台東区上野二丁目一番地に新たに土地を借り、右営業に使用する建物を建築して与えたが、本件建物はけっきょく清に贈与せず、東次郎においてこれを貸家として他に賃貸して賃料収入を得ていたものであり、その敷地の賃借、賃料の支払、公租公課の負担などすべて東次郎において処理していたものである。

2. 同一の2の事実のうち、債務者主張の抵当権移転の登記がなされていたことは認めるが、その他の事実は争う。

3. 同一の3の事実のむち、債務者主張の抵当権移転登記がなされたことは認めるが、その他の事実は争う。

二、同二の事実のうち、債務者主張の保存登記につき、細野東次郎と清とが意思相通じていたことおよび、債務者が、本件建物の所有者が細野清でないことを知らなかったことは否認する。その他の主張は争う。

北山直一は細野清の妻の父があって、同人の日常生活に深く関係しており、清に右建物の所有権がなく、債権者の所有であることを熱知していたのであり、債務者もまた右の事実を知って北山直一から前記債権の譲渡を受けたものである。ちなみに、債権者は細野清に対し右建物につき処分禁止の仮処分決定をえていたうえ、債権者から債務者に対し、右建物は細野清の所有ではなく、債権者の近有であることを通知している。よって債務者の主張は理由がない。

(債務者の答弁)

一、1. 債権者主張の一の1の事実は認める。

2. 同一の2の事実のうち、債権者が本件建物を相続により取得した事実は否認する。その他の事実は争う。

3. 同一の3の事実のうち、昭和三三年一二月二六日本件建物につき、細野清に保存登記がなされていることは認めるが、その他の事実は否認する。

二、1. 同二の1の事実のうち、本件建物につき、別紙目録(二)記載の各登記がなされたことは認めるが、その他の事実は否認する。

2. 同2の事実は認める。

3. 同3の主張は争う。

三、同三の事実のうち債権者主張の仮処分決定がなされたことは認めるが、その他は争う。

(債務者の主張)

一、1. (一) 細野清は、本件建物について保存登記がなされた昭和三三年一二月二六日細野東次郎から右建物の贈与を受けてその所有権を取得した。

(二) 細野東次郎は、当初細野清に右建物を贈与する意図で建築したものではなく、東次郎が代表取締役、清が専務取締役であったマルテイ製菓株式会社の工場として昭和二三年ころ改築前の本件建物を建築して使用していたものであり、その後昭和二六年ころ右建物をアパートに改築したのは、同会社の営業成績が悪かったので、両者協議して同会社を解散して営業を廃止し、アパートとして他に賃貸するようになったのであって、債権者主張のような経緯によるものではなく、その後昭和三三年一二月二六日にいたって右建物を細野清に贈与し、同人においてその名で保存登記をしたものである。

2. 北山直一は、細野清に対し、昭和三九年一一月末ころ金四〇〇万円を貸与し、更に昭和四〇年一月下旬金三〇〇万円合計金七〇〇万円を貸与したので、そのころ右建物につき、別紙目録(二)記載(1)のような内容の抵当権設定契約をし同年二月一日その旨の抵当権設定登記を経由した。

3. 債務者は、同年三月一日、北山直一から、同人の細野清に対する右債権を金額六五〇万円で譲受けることを約し、同日金三五〇万円を支払い、更に同月二九日金三〇〇万円を支払い、同日北山直一から細野清に債権譲渡の通知がなされ、これに伴い前記抵当権も債務者に移転し、同年三月三〇日、別紙目録(二)記添(2)の登記を経由したものである。

二、仮りに細野清が細野東次郎から右贈与を受けなかったとしても、東次郎は本件建物所有権を清に移転する意思がないのに、清と意思を通じ、贈与を仮装して清の名で虚偽の保存登記をしたのであるから、債権者を含む相続人は、右建物の所有者が細野清であると信じて前記抵当権を取得した債務者に対し、清が本件建物の所有権を取得しなかったことを以て対抗できないというべきである。

三、よって、本件仮処分決定はこれを取消し、債権者の本件仮処分申請を却下すべきである。

(疎明関係)<省略>。

理由

一、1. 別紙目録(一)記載の本件建物がもと細野東次郎において建築所有していたものであることは当事者間に争がない。

2. 債務者は、本件建物が昭和三三年一二月二六日細野東次郎から細野清に贈与されたと主張する。

<証拠>を綜合すると次のような事実が疎明される。すなわち、改築前の本件建物は昭和二四年七月ころ当時マルテイ製菓株式会社の代表取締役として製菓業を営んでいた債権者の夫細野東次郎が製菓工場用建物として建築し、同会社においてこれを使用していたが、東次郎は右の事業を手伝っていた最初の細野清がその事業を引継ぐことを希望し、同人にその意思があれば本件建物を清に贈与し、製菓業をついでもらいたい意思を有し、右建物の敷地の所有者山口清作に対しても賃借人を便宜清の名義にすることについて諒承をえていた。しかし、清はその祖父の製菓業を継ぐことを拒否する意思を表わし、自動車修理販売業を営むことを強硬に望んだので、昭和二七年一一月ころ東次郎もやむなくこれを受け入れ、台東区東上野二丁目一番一四号に土地約二七四平方メートル(約八三坪)を清のために借り受け、右土地に店舗を受けて営業を始め、昭和三二年ころマルテイ自動車株式会社を組織して右営業を続けた。このため東次郎は前記建物を清に贈与する旨の意思を表示するにいたらず、昭和二八年ころには右製菓業を廃し、右建物をアパート住宅用建物に改築し、もっぱら家賃収入を得ることに用いるようになった。

このように認められる。右認定に牴触する証人細野清、同酒井君夫の各証言の部分は信用しない。もっとも、右建物は昭和三三年一二月二六日細野清の名で保存登記がなされている(このことは当事者間に争がない)が、証人細野清の証言によれば、右保存登記がなされたのは、本件建物をアパートに改築したとき、建築基準法違反の点を消防官署に指摘された際東次郎が清に指示して同人の名で保存登記をなさしめたにすぎないことが疎明され、右登記に際して東次郎が右建物を清に贈与したとみられる事由は見当らないから右保存登記の一事をもって前記認定を覆すことはできない。ちなみに、<証拠>によると、昭和三九年一月四日東次郎が死亡し、妻である債権者、子である、細野清、細野力、細野久枝、加藤和子、丸橋智美、須田優世において相続した(このことは当事者間に争がない)が、同年六月二五日その分割について酒井君夫外一名を混えて協議した際、本件建物は、細野清に保存登記がなされていたため、形式上は東次郎の遺産の分割の対象としないが、実質上は東次郎の遺産として債権者に取得させ、細野清から債権者に所有権移転登記をすることを約したことがうかがわれる。

3. それならば、右建物が東次郎から細野清に贈与されたとする債務者の主張はその疎明のないことに属し、本件建物は、けっきょく東次郎が死亡するまで同人の所有に属していたものであり、同人の死亡によって、前記相続人において共同相続し、遺産分割の結果債権者が単独で承継取得することになったというべきである。

二、債権者は、東次郎において所有権を移転する意思がないのに、清の承諾のもとに、同人の名で保存登記をしたのであるから、通謀虚偽表示に準じ、細野清が所有権を取得しないことをもって善意の第三者である債務者に対抗できないと主張する。

1. 未登記建物の所有者が、他人に右建物の所有権を移転する意思がないのに、右他人の承諾を得たうえ、右建物について他人の名で所有権保存登記をしたときは、その実質において、建物所有者が一且自己に所有権取得登記をした後、所有権移転の意思がないのに、右他人と通謀して所有権を移転したかのような虚偽仮装の行為をし、これにもとづいて虚偽仮装の所有権移転登記をした場合と異らないから、民法第九四条二項を類推適用して右建物の所有者は右他人が実体上の所有権を取得していないことをもって、善意の第三者に対抗できないと解すべきである。そして、所有者の地位を承継した相続人においてもこれと異らないことはいうまでもない。

2. 細野東次郎が、所有権を移転する意思がないのに細野清の承諾をえて同人の名で保存登記をしたことは、前記認定のとおりであるから、右のように民法九四条二項を類推適用して債務者が善意の第三者である限り債権者は細野清が所有権を取得しなかったことを債務者に主張できないというべきである。

3. そこで、債務者が善意の第三者に当るかどうかについて判断する。

<証拠>によると、次のような事実が疎明される。すなわち、

細野清は妻の父に当る北山直一から総額金一五〇〇万円くらいの融資を受けていたが、昭和三九年一二月二〇日ころまたも他からの借人金の返済資金として金三〇〇万円を借り受けたうえ、更に昭和四〇年一月下旬債権者外二名を同道し、右と同様の資金として金四〇〇万円の借り受けの申入れをし、一旦拒絶されたが、けっきょく翌日北山直一から、前言をひるがえし、右金員の貸与の承諾の同答を受けてこれを受領し数日後同月三〇日ころ右金七〇〇万円の返済につき弁済期、利息、低当権設定について話合いをしたうえ、期日右のとおり公正証書を作成し、本件建物につき別紙目録(二)記載(1)のような内容の抵当権設定を約したうえ同年二月一日東京法務局台東出張所受付第七二八号によってその旨の抵当権設定登記をした。しかし、北山は長くこれを保持することを嫌い間もなく同年二月末古くからの知合であった債務者に右債権の譲渡を申し入れたところ、同人は、右建物は細野清の所有であるものと信じ、本件建物を実地に検分したうえ、同年三月一日右債権の譲受けを承諾し、金六三五万円で譲り受けることになり、同年三月一日金三五〇万円を、同月二九日更に金三〇〇万円を支払い、同日北山から細野清に対し内容証明郵便で「同日右債権譲渡を受けた」旨通知をし、右通知は同月三一日に同人に到達しこれに伴い右抵当権も「同月三〇日」債務者に移転したとして同日受付第六六七九号をもって、抵当権移転の登記をし、なおそのころ、本件建物について生ずべき賃料債権(月額金一三万円の三年分)をも細野清から譲り受ける旨を約した。

このように認められ右認定に牴触する<証拠>は直ちに信用できない。

もっとも、前掲甲第二号証によれば、同年三月四日債権者の細野清に対する処分停止の仮処分の登記がなされ、また前掲甲第九号証によれば、債権者から債務者に対し同月三〇日本件建物が債権者の所有であって細野清の所有でなく債務者において譲渡を受けたとする前記家賃債権も債権者に帰属するものであると記載した書面を送付したことが認められるが、右善意、悪意の判定は、前記債権譲渡(抵当権移転)の効力を生ずる譲渡の意思表示の時を標準とすべきであり、前記認定のように債務者が北山直一から前記債権の譲渡を受けたとみられ、その一部時価として金三五〇万円を支払ったのがそれらより以前である同年三月一日であったことから考えると前記債権譲渡の通知や、抵当権移転登記が右仮処分登記後になされたてもこれをもって前記設定を覆えし、債務者が悪意の第三者であったとすることはできない。

4. したがって、債権者は細野清が本件建物の所有権を取得しなかったことをもって債務者に主張できないといわねばならない。

三、それならばけっきょく、本件は債権者主張の被担保債務はついて疎明がないことに帰するので、当裁判所が先に昭和四〇年六月二六日した本件仮処分決定はこれを取消し、債権者の本件仮処分の申請を却下し、訴訟費用の負担につき民事訴訟第八九条、仮執行宣言につき同法第一九六条第一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 渡辺卓哉)

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